スペインのカタルーニャ州が「独立宣言」へ

 スペイン・カタルーニャ州政府の発表によると、1日に行われた同州の独立を問う住民投票で、「独立賛成」が9割を占めたそうです。

 カタルーニャ州は元々アラゴン=カタルーニャ連合王国として栄えた歴史を持ち、独自の言語(カタルーニャ語)と文化を持っています。独立志向も強く、1979年にカタルーニャ自治憲章が制定され、カタルーニャ自治州が発足しました。2006年には、自治権の拡大を謳った新たな自治憲章が制定されましたが、2010年にスペイン憲法裁判所はこの自治憲章を違憲と判断。

 またスペイン政府は、国内総生産の2割を占めて税収が豊富なカタルーニャから、地方へ再配分する政策をとっていたため、これを不公平とする感情が次第に強まりました。ユーロ危機でスペイン政府が緊縮政策を打ち出すと、不満は益々強まり、2010年以降毎年独立を求めて100万人以上が参加する大規模デモが行われています。

 そして2015年に行われたカタルーニャ自治州議会選挙では、独立賛成派が過半数を獲得。州議会はカタルーニャ独立手続き開始宣言を採択していました。

 勿論スペイン政府は、この住民投票自体を憲法違反として認めていません。警察が開票前の投票箱を押収するなどしたため、市民がこれに抵抗、ゴム弾や催涙ガスが使われて怪我人も出ています。


都議ら7人が民進離党

 民進党に離党届を提出し、除名された長島昭久議員と行動を共にするとして、同党所属の東京都議1人と市議6人が25日に離党届を提出しました。

 利用届を提出したのは、いずれも長島氏の地元である衆院東京21区(立川、昭島、日野3市)の議員で、この他さらに2人の市議が近く離党届を提出する見込みです。

 長島昭久議員は鳩山内閣と菅内閣で防衛大臣政務官を務め、野田内閣では内閣総理大臣補佐官(外交および安全保障担当)と防衛副大臣を務めました。2013年には民主党副幹事長に就任し、同年9月に民主党東京都連の幹事長に就任しました。民進党の保守派として知られていましたが、同党が共産党との連携を深めていくことに不満を持ち、離党届を提出。しかし、同党の野田佳彦幹事長は「党の信用を失墜させた」として受理せず、常任幹事会で除籍(除名)処分としていました。

 民進党からは東京都議会選挙の公認候補36人から離党者が相次いでおり、今回の離党者で13人となりました。離党した後任候補は、今後小池百合子知事が率いる地域政党「都民ファーストの会」との連携すると見られます。


MRJ、再び引き返す

 三菱航空機(愛知県豊山町)が開発を進める国産初の小型ジェット旅客機「三菱リージョナルジェット(MRJ)」の1号機が、28日にアメリカへ向けて県営名古屋空港から離陸しましたが、トラブルのため同空港へ引き返しました。

 MRJは、商業運航に必要な「型式証明」を取得するため、4機体で約2500時間の飛行試験を集中的に実施する目的で、まず1号機が北海道、ロシアのカムチャツカ半島、アメリカのアラスカ州を経由し、飛行試験を行うワシントン州の空港に着陸する予定でした。

 しかし、27日に出発した1号機は、最初の給油地である新千歳空港(北海道千歳市)に向かう途中、機内の空調システムを監視するモニターに異常が表示されたため引き返していました。この日、空調システムでトラブルを起こした部品を交換、再び最初の給油地である新千歳空港に向けて離陸しましたが、またしても空調システムのトラブルのため、2日連続で引き返すことになりました。再出発の日時については未定とこの事です。


有吉、夏目側ともに交際・妊娠報道を否定

 フリーアナウンサーの夏目三久(32)がお笑いタレントの有吉弘行(42)と交際し、妊娠しているとの一部スポーツ紙の報道に対し、夏目と有吉の所属事務所がそれぞれ24日に「事実無根」と、報道された内容を全面否定しました。

 一部スポーツ紙は、夏目と有吉が2011年4月に放送開始したテレビ朝日系バラエティー「マツコ&有吉の怒り新党」で共演したことをきっかけに親密になり、夏目はすでに妊娠、結婚時期は未定と報じていました。夏目は2014年からTBS系帯番組「あさチャン!」の司会を務めていますが、こちらは体調を見ながら続け、最長でも来年3月に降板する予定とのことでした。

 報道は何れもかなり具体的な内容で、噂というレベルでは無く、完全な既定事実として報じていました。これが事実無根とするなら、一体情報源は何だったのか、どう言う取材をしたのか総括しなければいけないでしょう。

 夏目の所属事務所は法的措置も検討していると言う事です。


吉田沙保里、オリンピック4連覇を逃す

 リオデジャネイロ・オリンピックのレスリング女子53キロ級決勝が18日に行われ、吉田沙保里(33)はアメリカのヘレン・マルーリス(24)に敗れ、オリンピック4連覇を逃しました。

 吉田沙保里は2004年のアテネ・オリンピック、2008年の北京オリンピック、2012年のロンドン・オリンピックと、オリンピック3大会連続で金メダルを獲得。世界選手権を合わせて16大会連続制覇中でした。今大会でも初戦を4-0で勝利すると、その後も9-0、6-0の3連続完封勝利をあげ、1ポイントも失わずに決勝へ進出しました。

 決勝戦も第1ピリオドで1ポイントを先制しましたが、第2ピリオドで4ポイントを失い逆転負け。試合後吉田選手は「たくさんの人に応援してもらったのに、力を出し切れなかった」と号泣。カメラの前で18分も泣き続けました。

 今回吉田は日本選手団の主将を務め、「主将は活躍できないというジンクスを破りたい」と意気込んでいました。周囲の期待も十分すぎるほど理解していただけに、金メダルとオリンピック4連覇を逃したショックは大きかったようです。